Bxlog

2001年からブリュッセル在住の、日仏カップル。日・仏・白の話題を織り混ぜた、とりとめのない日記です。


スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)
高校の思い出
セレモニーは先月だったのですが、母校のK高校が廃校になりました。

私の入る前年にできた学校で、親子で同じ高校へ行く生徒がいるような長い歴史ではなかったですが、いい学校だったと思っています。

当時は若かったですから(笑)、色々不満を抱えては大騒ぎをし、先生方に迷惑をかけたものですが、楽しく充実した高校生活を送りました。

今でも高校の友達とは絆が強く、会うたびに変わらない彼らとの時間はかけがえのないものです。

なぜ突然こんな話かというと、古いフロッピーディスクを整理していたら、大学時代に「卒業生の言葉」として学校広報誌に寄稿した文(*)がでてきて、懐かしく思ったのです。

この頃は廃校の噂は出ていたけれど、まだ本格的な話にはなっていなくて、ただ後輩たちにも高校生活を楽しんで、頑張って欲しいなあという気持ちで書いたのでした。

先月閉校記念パーティがあったのですが、私は残念ながら遠すぎて出席できませんでした(イギリスで遊んでたし…)。

バタバタしていてすっかり時間が経ってしまいましたが、もう終わっちゃったんだよなあ。

パーティに行った人、どんなでしたか?写真があったら是非ください。

(*)寄稿した文はこの下:

 K高校には随分長いこと寄っていませんが、今もあの頃の友人たちとは暖かい関係が続いています。同期生の多くは個性的な道を歩んでいて、みんな就職先でも自分の目標を持って勤めています。就職していない人は活動がバラバラで、競走馬の調教をする人、庭師を夢見る人、海外で日本の漫画を出版している人、ニューカレドニアから日本へエビを輸出する仕事をしている人、その他にも特技を生かして色んな事をしています。

 彼らと顔を合わせ近況などを話し合う時には、意外な話が聞けて楽しいものです。そして皆、高校が楽しかったといいます。当時は学校の気に食わない点が沢山あったのに、外へ出ると長所ばかり思い浮かぶのです。

創立間もないK高校には、どんなに抑えられても溢れてくる生徒の個性と、熱いパワーが満ちていて、毎日がお祭りでした。特に1年生の頃、新設校だから自分たちの好きなように出来る、と思って入学した生徒には誤算と不安だらけの生活でしたので、学校に反発し自己主張をする傾向が強かったようです。今でも子供っぽいと思うのですが、教室で自炊や麻雀をしたり、破ってきた電車の吊り広告を教室中に張巡らせたり、怒られるのを承知で暴れてばかりでした。

 極端にいえば勉強は出来て当たり前(…というか二の次)、他のところでどうやって自分(たち)らしさを出すか、といった価値観が存在したように思います。それでも確実に堕ちてゆく道は取れない性分の人間がほとんどでしたから、一種のエリート意識だったのでしょう。また、悪ふざけに参加するなど、必ずしも積極的に動かなくても、それぞれの生徒が何かひとつ、性格や特技においてズバ抜けた何かを持っていたことで、互いに一目おくような、皆が英雄という均衡があったと思います。

 2年、3年へ進み自分たちのカラーの学校が出来上がっていくにつれ、子供じみた荒さが落ち着いた頃にもそのバランスは保たれていました。ある意味で個人主義的な環境、人間的な学校なのではないでしょうか。

 人それぞれの高校時代ですが、伝説をつくるくらいの気持ちで一人ひとりが好きなことを見つけて、大暴れして欲しいと思います。そうしてそれぞれの時代のK高校をつくっていって欲しいと思います。その代わり、そこで得た自信やプライドがこの先崩されたりグラついたとき、耐える強さも、ここでつくりあげる「自分」の一部として身につけておいてください。
スポンサーサイト
コメント
≪この記事へのコメント≫
コメントを投稿する

普通のコメントの場合、なくてもOKです。
URL
コメント
パスワード
パスワードを設定しておくと、後から自分のコメントを編集・削除できます。
コメント非表示  管理者以外に読まれたくない場合にチェックをつけて下さい。
コメント非表示の際は、返信先としてメールアドレスかURLをご記入ください。
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://ydr.blog2.fc2.com/tb.php/323-9c0d55e5
≪この記事へのトラックバック≫
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。