Bxlog

2001年からブリュッセル在住の、日仏カップル。日・仏・白の話題を織り混ぜた、とりとめのない日記です。


スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)
ペンテコステ
本日も祭日です。「五旬節」と言われます。

別に布教をするつもりはないのですが、こちらの年間行事はほとんど宗教がらみで、押さえておいたほうが文化の違い、考え方の違いなどが分かりやすくなるので、自分のための覚書みたいなモノです。というわけで10日前の昇天祭に続き、今日もこんなお話です。

五旬節は復活祭(ユダヤ教では出エジプト、過越祭)後50日目であり、古代ギリシャ語の「50」の意で「ペンテコステ」と言います。英語でPentecost、フランス語ではPentecote(oの上にアクサン・シルコンフレクス)。ペンタゴンは5角形で同じ5絡みですから、覚えやすい単語です。
● 数の話
40というのは意味のある数字でしたが、なぜ50日目なのでしょう?ここに使われている数字は実は7(一週間が7日、というようにこれもよく出てくる数字)で、復活祭から7週目という意味なのです。

「…7 x 7 = 49ですけど」とツッこまれそうですが、数え始めの日は既に1日目とした古代の数え方に基づいているそうです。フランス語で今でも「一週間」のことを8日で言ったり、「2週間」のことを15日で言ったりするのも、昔の名残です。

復活祭と同様、日曜日に当たるので、翌月曜が振り替えとして祭日になっています。ですからこちらも明日が休みですが、神聖なのは今日のほうです。

● ユダヤ教とキリスト教の五旬節
さて、この祭日はもともと復活祭と同様、ユダヤの祭りだったと言われています。初めは農耕の祭りでしたが、Torah(トーラー。ヘブライ語で「教え、指示」の意味。宗教用語としては旧約聖書の最初の部分「モーセ五書」を差す)が授けられたことを祝う日となりました。イスラエルの民の歴史と神の教えを思い返し、信仰を再確認する日でもあります。

キリスト教でのペンテコステは、聖書を授かったことを祝うのではありません。この日に起こったとする出来事をもとに聖霊の降臨を、またその働きが聖書を完成に導いたことを祝うものです。これを期に布教の概念が固まり教会の成り立ちに至ったとも考えられている、大事なイベントです。

この出来事というのは聖書に出てくる有名な「言語の奇跡」。この五旬節の日に、キリストがいなくなって消沈した弟子たちが集っていると、突然大きな風のような音がし、それぞれの頭上に炎のような舌が現れ、霊の導くままに他の言葉で語り始めた、というものです。教会芸術で聖霊が炎で表されるのは、この描写から来ています。

また、鳩で表現されることもあり、これは福音書に出てくるイエスの洗礼のシーンから来ています。神の霊が鳩のように彼に降りて来た、と書かれています。

● 「聖霊」の解釈
神と子と聖霊の「三位一体」の考え方は分かりにくい、と言われます。信者に訊いても、なかなか明快な答えは返ってきません。ユダヤ教とキリスト教だけでなく、キリスト教各派においても聖霊の格付けがバラバラなため、余計に分かりにくいのです(人格であったりなかったり、神と同等であったりなかったり)。

「霊」というと、なにやら幽霊のようなものを想像しがちです。英語のThe Holy Spiritも、The Holy Ghostと言われることがあります。フランス語ではSaint EspritとかEsprit Saintです。

私もよく分かってないのですが、GhostではなくてSpiritの方で考えると、少しスッキリします。「精神状態、心、(思考や記憶を司る)意識、頭脳、才気、気性」などと同じ単語です。

あいにく誤って消してしまったのですが、数日前糸井重里の「ほぼ日」デリバリー版(メールマガジン)で、近々サイトのほうに脳学者との対談が載るという予告があり、このなかで「脳には、神を信じる(それに相当する精神状態を司る)部分が備わっている」というようなことが書かれていて、興味深かったです。

つまり、ある精神状態のこと。これがThe Holy Spiritに近いのかも、と思いました。

ただ「神を信じる部分」だと、脳で何を神と認識するかによっては残酷な行動に繋がったりしそうで怖いのですが、キリスト教は一神教ですからそういう方向(聖霊の暴走)はない前提なのでしょうか。

「言語の奇跡」のエピソードには、色々な解釈がありますが「言葉や文化の違いを乗り越えて理解しあう気持ち」のことを意味しているのだというものがあり、それならなんとなく分かります。

「愛」とか「魂」とかじゃなく、もっと身近な言葉で考えたら聖霊が降りるというのは「とても寛大で優しい気持ちに溢れたとき」のこと、と思っとけばいいのかな。

「聖霊はそういう人間の価値観では測れない霊的なもの」という説明も見かけるので、あくまで狭義ではありますし、信者でない私には当たりをつけることしかできませんが、そんな風に解釈しています。

banner_04.gif  <- 最後まで読んでくださってありがとうございました。クリックしていただけると嬉しいです。
スポンサーサイト
コメント
≪この記事へのコメント≫
コメントを投稿する

普通のコメントの場合、なくてもOKです。
URL
コメント
パスワード
パスワードを設定しておくと、後から自分のコメントを編集・削除できます。
コメント非表示  管理者以外に読まれたくない場合にチェックをつけて下さい。
コメント非表示の際は、返信先としてメールアドレスかURLをご記入ください。
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://ydr.blog2.fc2.com/tb.php/402-a19548db
≪この記事へのトラックバック≫
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。