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2001年からブリュッセル在住の、日仏カップル。日・仏・白の話題を織り混ぜた、とりとめのない日記です。


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大晦日のこと
大晦日のことを、Reveillon(レヴェイヨン。イヴのこと)と呼びます。クリスマスイブもレヴェイヨン・ド・ノエルと言います。夜明かしで行われる祝いの晩餐のことです。起きる、目覚めるという意味のReveilleから来ていて、寝ないで過ごす晩というわけです。12月31日はケルトやガリアでも古くから祭りの日とされていたそうです。

Reveillonのほかに、キリスト教式にSaint Sylvestre(サン・シルヴェストル)と呼ぶこともあります。「聖・・・」とつくので聖人の名前らしいことはすぐに分かりますが、聖シルヴェストルって誰?

第33代ローマ教皇の、シルヴェストル1世(在位314~335年)です。色々功績はありますが、重要なのはキリスト教がローマ帝国に公認されて最初の教皇であったこと。

皇帝崇拝を拒んだキリスト教徒を、徹底的に迫害したことで知られるディオクレティアヌス帝(245~313年。在位235~284年)の時代には、のちのシルヴェストル1世も投獄されるなど苦汁をなめました。

しかしディオクレティアヌス帝の死後すぐ、313年に次代皇帝であったコンスタンティヌスがキリスト教を公認したのです(ミラノ勅令)。弾圧によりキリスト教信者が減るどころか急激に増えてしまったのを見て、コンスタンティヌス帝は弾圧するより味方につけた方が得策と考えたわけです。

翌314年に教皇の座についたシルヴェストル1世は、初めて教皇冠を着けた人物です。また、キリスト教の神性を認めるアタナシウスの説(のちに三位一体説として確立)を正統とし、これに異議(キリストは人間であるという説)を唱えるアリウス派を異端とした、325年の「ニケーア公会議」の内容にも影響を与えました。三位一体の概念はこれを経て大変重要な意味を持つようになり、シルヴェストル1世の在位期間は、のちの国教化につながるキリスト教の大きな動きと重なっているのです。

そのシルヴェストル1世の亡くなったのが335年12月31日。新年を迎える長い晩餐の際に、彼を偲ぼうというところから、この日がサン・シルヴェストルと呼ばれるのです。

DSCF2015.jpgさて、そんな試験に出そうなことはさておき。

私たちは、ブリュッセル在住日仏カップルのP&Yちゃん宅にお呼ばれで、総勢9人(+2チビッコ)で楽しく飲み食いして過ごしました。

今回はロゼシャンパンとおつまみを差し入れ。クリームチーズのハモン・セラーノ巻き。クリスマスを過ぎてから生ハムやフォア・グラは安売りしているので、たまにしか買わないセラーノも沢山買ってあったのです。

P&Yちゃんは前日フランスから戻ったばかり。その疲れも見せず、素晴らしいご馳走を振舞ってくれました。

開けたばかりの生牡蠣と、フランスはガスコーニュで仕入れてきたという新鮮なフォア・グラ&黄金色のブリオッシュを、お腹いっぱい頂きました。既に苦しいほど食べていましたが、メインには骨がつるんと外れるまで柔らかくなった、鴨の赤ワイン煮込みもいただき、デザートにはアイスとメレンゲの、甘いけれどサッパリしたビュッシュにフランボワーズ・ソースをかけて。

途中で「新年おめでとう」のショートメッセージや電話が次々来て、みんな大分お酒も回ったところだったので、賑やかな年明けでした。帰宅したのは2時半ごろ。

P&Yちゃん、お疲れさま。どうもありがとうございました。

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